今、香港が燃え上がっている。ついにはデモ隊の一員であった青年に対して、至近距離で発砲する治安部隊すら現れた。「香港の終わり」は、目に見えている。あとは何時、その最後の時がやってくるか、だ。 そうした中でいわば「漁夫の利」を得ている感が強いのがシンガポール勢だ。世界中のマネーが集まるシンガポールだが、香港から難を逃れた華僑マネーがあらためて大量に集まっていると聞く。いや、実際にはそれよりも前にこれから訪れる危機的な局面を前にして、グローバルマネーのリバランスが、昨年(2018年)から明らかに生じていたのである。そこで選ばれたセイフ・ヘイブンの一つがシンガポールなのであった。
どこぞの芸能人すら大勢住み始めているシンガポール勢は、今や「バブル真っ盛り」だ。聞くところによると、我が国でいわば「公団住宅」に相当する広さ・質のアパートを購入するのにも、数十億円の資金が必要であったりするのだという。信じられないが本当の話だ。我が国では東京であっても、いわゆる低層の超高級マンションである「ビンテージ・マンション」の一室を買う場合、5億円もあれば結構な代物が買える。しかし、シンガポールではというと、例えば200㎡の超高級マンションでは、実に300億円以上もしたりするのだと聞いている。我が国における「平成バブル」など、全くお話にならないレベルでのバブル経済の進行だ。
「ゆえにシンガポールの繁栄は永遠に続く。絶対にこれからもセイフ・ヘイブンであり続ける」
そう思っている読者の数は少なくないはずである。しかし、私は決してそうは思わない。そしてまたそう断言するのには、それなりに理由がある。
2008年5月の中国・上海。そこで中国屈指のMBAスクールに英国勢と米国勢が共催する形である国際会議が開かれた。その場にいた日本人は私だけだった。よくあるパターンだが、その時、とんでもない発言を耳にし、また資料に出くわしたのである。
「これからアジアの金融ハブとなるのはシンガポールや香港ではない。東京か、あるいは上海+北京である」
驚くことなかれ。これはグローバル金融の中心中の中心であるロンドン・シティーが公式文書で出したものだった。つまりこの手の文書にありがちな通り、「こうなる」のではなく「こうする」という代物なのであって、ロンドン・シティーの金融利権をベースとした英国勢は全力をあげてこの方向へとアジア勢の社会・経済・政治を動かすはずだと私はその時、独り直観したのである。
そしてあれから11年の月日が経ち、どうなったのかというと、冒頭記した通り香港勢が燃え盛っているのだ。明らかにリスク度が高まったがゆえに、香港勢はグローバル社会におけるその安定的な地位を失った。そうした中でもなお、「香港は復活する」と強腰で述べる者たちがあとを絶たないが、しかし実際のところ、事態はもはやポイント・オブ・ノー・リターンを越えているのである。これから待ち受けているのは香港勢の崩壊であり、そこからのヒト・モノ・カネの大量退避である。無論、我が国も無傷ではいられない。
では、シンガポール勢はどうかというと、これまた先ほどのロンドン・シティーの文書によると、極めて厳しい状況に置かれることになるのである。紙幅の都合上、詳細には述べられないが、いずれにせよ、ロンドン・シティーいわく「ダメなものはダメ」といった感じの未来がシンガポール勢には待ち構えているのである。
当然、その時、金融ハブとしてのシンガポールは崩壊し、グローバルマネーは一気に退避し始めることになる。香港勢においてと同様に、ヒト・モノ・カネが逃げ始めるのである。その行く先は他でもない我が国・ニッポンである、と私自身は考えている。さて、どうなりますか……。時代が加速する中において、14年もかからないはずだというのが私の考えである。
2022年までにシンガポール勢がどのように料理されていくのか、じっくりと見据えていきたい。
原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています