183日ルールについて
私がよく行くゴルフ場のクラブハウスで、本人は海外移住したと言われているのに定期的に見かける人が複数人おられます。彼らは香港、シンガポールに在住(移住)した方々でした。皆さん一様に日本の税金について気にしています。が、異口同音に自分たちは183日以上、海外に住んでいるから日本で所得税がかからないと言われます(時折、相続税もかからないと言われる方もおられます)。
今回は183日ルール(所得税の短期滞在者免税)について説明しましょう。
183日ルールとは何か
このルールに関する典型的な勘違いは次のようなことでしょう。
「私は年の大半(183日以上)を海外で暮らしているから日本で税金はかからない」
以下、この勘違いについて説明します。
海外に居住した日本人が関係する可能性のある日本の税金のうち、ご本人が最も気になるのはご自身の所得税と資産税(相続税および贈与税)でしょう。
183日ルールとは給与所得に関係する国際的なルール(租税条約)のことを指しています。このルールは日本の居住者である会社員が海外出張をして海外の勤務により受け取った給与は、海外出張期間合計が183日以下で他の一定の条件も満たした場合に、現地では給与所得に対して課税しないというルールです(日星租税条約第15条、日本香港租税協定第14条等)。
183日の期間をどの期間内で定めるかはシンガポールだと「継続する12カ月の期間内」という取り決めをしています。
このルールは、租税条約締約国の居住者である給与所得者の相手国への海外出張の場合に相手国で適用される国際的ルールであり、先にあげた「183日海外居住しているから日本で所得税はかからない」ということとは違う話です(シンガポールの企業から給与をもらっているシンガポール居住者が日本に海外出張した場合には当てはまりますが)。
次に日本の課税ルールについて説明します。
日本人が海外に居住した場合の所得税、相続税の課税は次のようになります。
所得税:本人が非居住者で、かつ、受領する所得が国内源泉所得に該当しない場合には日本で非課税となる。
相続税:被相続人、相続人共に相続開始前10年以内のいずれの時においても日本に住所を有していたことがない場合は、相続人は国内所在の遺産にのみ相続税がかかる(贈与税の場合は被相続人を贈与者、相続人を受贈者、遺産を財産と読み替える)。
つまり少なくとも日本で課税されないために所得税、相続税ともに「海外居住が183日以上必要」なる条件はどこにもありません。
紙面の関係上、ここでは海外移住の方が強い関心を持つ相続税について説明します。
「相続開始前10年以内のいずれの時においても日本に住所を有していたことがない」とあるように、住所の定義が重要になります。結論から言うと住所とは各人の生活の本拠地のことを言い、生活の本拠地の判断基準として以下の四つから総合的に判断するというのが通説であり実務的にも広く使われています。
①住居地はどこか
②どこで職業についているか
③生計を一にする配偶者等の居所(※)はどこか
④主たる資産はどこに所在するか。
そうなのです。ここでは「183日」などという言葉はどこにも書いていません。それなのに、私どもに相談に来られる方の中には、自身が183日ルールに照らして日本では課税されない(この場合の課税とは相続税ではなく所得税をさしているのでしょうが)とおっしゃる方がおられます。
勘違いの生じた理由は様々でしょうが、たとえば日本の居住者のシンガポールに滞在する日数が183日以下であれば、先の給与所得の免税に加えてシンガポール所得税法上、優遇規定(60日以下なら免税)が適用されるため、このような勘違いが独り歩きして、いつしか日本の税金も優遇措置が得られるのだという間違った考えが流布して今に至っているのではないでしょうか。
本稿のまとめ
☑いわゆる183 日ルールとは非居住者の給与所得に適用される免税規定のこと。
注釈(※)人が多少の期間継続して居住しているが、住所ほどではない場所のことを居所という。
永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。
※『Nile’s NILE』2022年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています