国際相続に関係する二つの法律
火葬場の空高く棚引く煙。それを見ながら笠智衆が印象的なせりふを語る。日本人の死生観を極めて映画的に表現した小津作品の有名なワンシーンだ。
そうしてこの瞬間から相続手続が始まる(※1)。
相続とは
今さらながら相続とは何をいうのだろうか。わが国でもかつては家の主としての戸主の地位を承継する家督相続として相続が位置付けられていたが、今日の日本において相続は私有財産制のもとで死者(被相続人という)の財産を誰かに帰属させるための制度となっている(※2)。
では相続を自分で処理するのが難しい場合、誰に相談すればいいのか。
弁護士? 税理士? どちらも正しい。
なぜ二つの専門家が関わるのか、その理由は相続が二つの法律と深く関わっているからである。
相続完了までの道筋
相続人間の遺産分配(遺産分割という)が相続の目的であり、分配割合を決めるに際して遺言書があるかどうかで手続は異なるが、最終的には遺産分割を実行して財産の登記・名義変更を行うことになる。ここまでは民法の守備範囲となる。
それと同時か時間差で相続人ごとの相続税が計算される。これが税法の守備範囲となる。
つまり相続手続を完了するまでに民法と税法二つの法律の知識が必要となるため弁護士、税理士、二つの専門家が登場することになる(※3)。
国際相続特有の問題
今回はここからがテーマである。理屈っぽい話をするがしばしお付き合い願いたい。
法律の一区分に、私人間の法律関係を規律する私法があり、国と私人(※4)間の法律関係を規律する公法がある。
民法は私法、税法は公法に属している。この二つの法律は目的(法益)が異なるが、相続当事者が全て日本人で財産も日本国内にとどまるならば、二つはスムーズに機能し、法律のユーザーである我々が不自由を感じたりその違いを意識することもない。
ところが、いったん、当事者として外国人が関与したり相続財産も国外所在となると、これら二つの法律の均衡関係は崩れ、お互いに亀裂が生じる可能性がある。
相続人および被相続人全員が日本国籍で相続財産も全て日本国内にある、全ての要素が国内でクローズしていた場合を国内的私法関係とよび、当然ながら日本の民法が適用される。
これに対して、当事者や相続財産の所在に外国の要素が入ってきた場合を国際的私法関係と呼び、そこでは日本の民法を無条件に用いることはできず、関係する外国の私法を適用すべきか検討しなければならない。各国の私法は自らの歴史、文化、倫理、価値基準等を規範としてそれぞれのルールを制定しており、それらは当然、日本の私法と同じではない。
このように各国の私法が異なる場合にどの国の私法を用いるべきかを決する法律として、わが国では「法の適用に関する通則法」を制定している。いわば外国とわが国の私法の交通整理を担っている法律である(※5)。
具体例でみてみよう。
外国人夫・日本人妻と子供が一人の家族で、遺言書を残さずに外国人夫が逝ってしまった場合、相続人の範囲と分配割合はどちらの国の民法を適用すべきだろうか。
この場合は外国人の本国法を用いて計算することになる(※6)。このケースでは、日本民法の規定に服するのであれば、その法定遺産分割割合(※7)は配偶者50%:子供50%となるが、例えば外国人が韓国籍だった場合、韓国民法が規定する法定遺産分割割合により配偶者60%:子供40%となる。
このように相続人と法定相続分を定める法律は私法であり、外国が関係する場合にどちらの私法を適用すべきかという国際私法関係について、わが国は法の適用に関する通則法に沿って処理することになる(※8)。
では、このような適用すべき私法が外国法のケースに関して、公法である相続税法はどういう対応をとっているのか。このことについては次回に説明したい。
本稿のまとめ
☑相続には民法と税法、二つの法律が関わっている。
☑民法は相続人とその分配割合を、税法は各相続人の相続税を規定している。
☑相続に外国の要素が加わると国内の法律だけで解決することはできない。
(※1)正確には、死亡によって開始する(民法882条)。
(※2)『民法IV(補訂版)』内田貴 p323 東京大学出版会。
(※3)わが国の場合、相続人間の遺産分割協議が不調に終わり裁判所に持ち込まれる場合等を除いて分割協議から税金申告まで(不動産登記は除く)一切の相続手続を税理士が行うことが多い。これら専門家を使わず自分で完成することも問題ない。
(※4)公的な立場をはなれた一個人のこと(広辞苑)。
(※5)相続に関する国際私法の考え方には相続統一主義と相続分割主義があるが、ここでは立ち入らず、いずれ機会があれば説明する。
(※6)相続は、被相続人の本国法による(通則法36条)。
(※7)相続人が複数いる場合に法律の規定に基づいて定めた、各共同相続人が相続財産を承継する割合のこと。
(※8)各国がおのおのの国際私法に関する法律を設定しているため、わが国の通則法と外国の国際私法が抵触する場合がある。
永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学文学部西洋史学科卒。
ウォートン・スクールMBA、等松・青木監査法人、バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在永峰・三島コンサルティング代表パートナー。
※『Nile’s NILE』2019年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています