為替差損益と二重課税の落とし穴
筆者は30年間にわたり個人に対する国際税務のアドバイス業務に従事してきたが、その間、様々な問題に遭遇する機会があった。本稿ではこれから読者諸氏に関係しそうな話題を3回に分けて披露する予定である。
為替差損益のはなし
株式・投資信託であれ不動産であれ、外貨建ての各種資産を購入する際に避けて通れないのが外国為替、通称外為の問題である。
税務の世界では、日本円を外貨へ交換して資産を購入した時の為替レートと、その資産から別の資産に変更した際の交換レートの差(税務では為替差損益という)について計算し申告すべき場合がある。
一般の人に分かりにくいのは、たとえ外貨預金を取り崩して(円転せずに)そのまま不動産などの購入代金に充当した場合であろうとも、取り崩した外貨預金について為替差損益を計算しなければならないことなのだ。
実例を挙げるとこうなる。ある人(日本の居住者)が1ドル80円の時に、オーストラリアで日本円で100万豪ドルを購入し、直ちに外貨(豪ドル)の預金口座に預け入れた。今般、ちょうど同額の賃貸用不動産をこの外貨預金を用いて購入することにした。その時の為替レートは1豪ドル90円だった。
この場合、この人は100万豪ドル×(90-80)=1000万円の為替差益を所得(※1)として確定申告しなければならない。
外貨預金を解約して日本円にするならまだしも、外貨100万豪ドルはそのまま不動産購入に充てられただけなのに、何故課税されるのか誰しも疑問に思うところであろう。
税務のロジックでは、外貨預金を用いて賃貸用不動産を購入した場合でも、当初の外貨預金をいったん、円貨に交換したと仮定して、当初外貨預金購入時の為替レートと今回の賃貸用不動産為替レートの差異から為替差損益を強制的に計算させ、しかる後、すぐさま今回の賃貸用不動産購入時の為替レートで円換算して賃貸用不動産を購入したという考え方が適用されるのである。
つまり外貨預金保有期間中に発生している為替差損益(為替レートが固定でない限り必ず発生する)の含み損益を賃貸用不動産購入のイベントに捉えて顕在化させるわけである。この為替差損益は、外貨預金という資産の譲渡による所得とされる。
これに対して、たとえば、保有している外国株を売却した場合は、為替差損益は外国株の譲渡による所得の計算に含めることになっている。この場合は給与所得など他の所得から分離して、約20%の税率が適用されることになる(※2)。
所得税法は給与所得、事業所得、譲渡所得、雑所得など10種類の所得に対して、種類ごとに所得の計算方法や適用される税率を定めている。そして、譲渡所得と雑所得では、所得税の計算の仕方が異なっているので注意が必要である。
源泉税は要注意
外貨建て金融商品には、国内よりも魅力的な配当となるものもあるようだが、外貨建てには上に挙げた為替差損益以外にも源泉税のダブル課税という税務特有の論点がある。
居住者が日本株から配当を日本国内で受け取る際には約20%の源泉税が天引きされるが、外国株の配当の場合(※3)には、まず現地国の法律に基づいて源泉税が引かれ、そこから更に日本の源泉税が引かれるという、一つの配当に対して二つの国からダブルで課税がかかってしまう。日本の源泉税は、外国源泉税控除後の配当に対して約20%の税率を適用して徴収されるのである。
実例で説明すると(外為の問題を避けるためドル建てで考えよう)、米国株から100米ドルの配当があった場合、まず10%が米国の源泉税で差し引かれ、残り90ドルに対して日本の源泉税約20%が引かれるため、手取りは72米ドル(=100米ドル-10米ドル-18米ドル)となり約28%の税金がかかることになる。
税金の本や国税庁のホームページを読むと、このような二重課税に対する救済措置として外国税額控除の制度が手当てされていると書かれているが、実際に適用を受けるには若干の複雑な計算と申告書を作成せねばならず、素人にはまず無理であろう。
ということで、こと外国株の配当については二重課税(アメリカならば10%)が課されていると覚悟することが賢明である。
なお外国株の売却に関しては、ほとんどの租税条約などで現地国での売却益課税は免除になっているので、配当のような二重課税の問題は原則として起こらないことも付言しておく。
本稿のまとめ
☑外貨預金をそのまま使って外貨建て資産を購入しても、いったん、円貨に交換したと仮定して為替差損益を計算しなければならない。
☑外国株の配当が日本国内で交付される場合には、外国と日本の両国で源泉税が二重課税になる。
☑二重課税に対しては、外国税額控除という救済制度もあるが利用するのは難しい。
☑正しい所得計算をするにはかなりの知識が必要。
(※1)外貨預金を取り崩して不動産や有価証券を購入する場合に取り崩した外貨預金の為替差損益は、事業所得、譲渡所得また雑所得のいずれかに該当するが、雑所得とされる場合が多いようである。
(※2)この方法(分離課税)以外にも総合課税や申告不要とする方法もあるが、ここでの説明は省略する。
(※3)日本の証券会社を通じて購入した場合を前提とした。本稿での外国株は外国市場に上場されているものとする。
永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。
※『Nile’s NILE』2020年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています