ゲーテも愛したリゾート シチリア
寒い日が続くと、どこか暖かなところでのんびりしたいと思う。日常の仕事や雑事に追われると、どこかへ遁走(とんそう)したいと思う……。
高級官僚であり作家としても成功していたゲーテは、突如すべてをなげうってドイツからイタリアに旅に出る。そして2年の休暇で心身を癒やし、芸術に大きく開眼する。
アルプス山麓(さんろく)から南下し、最後に1カ月余り滞在したというシチリア島は、ゲーテに「シチリアのないイタリアなどイメージできない。シチリアにこそすべてに対する鍵がある」と言わしめた。
紺碧(こんぺき)の海に浮かぶ変化に富んだ地形、豊かな緑と咲き誇る花々、輝く太陽、肥沃な大地が生み出す山海の幸……シチリアの自然の恵みを、豊かな文化遺産よりもゲーテは愛したという。
時は4月、アーモンドの花が咲き誇り、島中にレモンやオレンジがたわわに実る。イタリアに統合される前、18世紀のシチリア王国は燦然(さんぜん)と輝いていた。
ホメロスが叙事詩『オデュッセイア』で「太陽の島」と記したシチリア。が、今日では灼熱(しゃくねつ)の夏よりも早春の方が、リゾート客も少なくゆったりと過ごせる。
地中海の早い夏を迎えようとしていた3月、太陽からこぼれたようなミモザの花が咲き乱れ、柑橘(かんきつ)類の香りが立ち込めていた。
ティレニア海に向かって美しい半円を描くパレルモ湾を守るように岩山がそびえる。ダイヤモンドヘッドやワイキキを連想させるリゾートのような景観だが、パレルモのそれは一抹の荒々しさをはらんでいる。地中海要衝の地として古代から多くの激しい侵略を受け、近代においても繰り広げられてきた、その波乱に富んだドラマ故だろうか。
サハラからの早春の微風シロッコが心地よい。島のどこかエキゾチックな風土は、アフリカ大陸の近さを感じさせる。パレルモ市内中心部にある植物園は、熱帯の樹林が生い茂り、ジャングルに迷いこんだよう。18世紀に設立されたこの植物園には、ゲーテも頻繁に訪れたという。
パレルモ市内には、ノルマン、ビザンチン、イスラムが共存した豊穣(ほうじょう)な文化の名残が、重厚な建物として残されている。それに近代のフランスやスペインの様式が雑居。ゲーテはこの町並みを脈絡がなく、ゴミが多く、路地は迷路のようだと批評しつつも気に入っていた。