「アングロサクソン・ミッション」という噂

時代を読む 第68回 原田武夫

時代を読む 第68回 原田武夫

紳士二人

世に「陰謀論」と呼ばれるものが数多くある。聞いていて非常に面白いのだが、同時にある種の論理で貫かれていて、思わず「なるほど、そうかもしれない」と思えてしまう論であることが多い。だが、現実にそこで述べられている結論について、誰かが証明できるのかというと決してそうではないのである。「そうかもしれない」という臆測で全てがある意味大変気持ち悪い形で語られる中、事態は進行していく。そしていつまで経っても、そこで元来語られていた「究極の出来事」は生じないのである。さしあたり、であるが。

2007年ごろだろうか。インターネットの世界で、こうした陰謀論の一つだ、と揶揄されながら頻繁に語られている論があった。その名も「アングロサクソン・ミッション」である。その動画では告発者としてはあまりにも似つかわしくない、ラフな格好をした中年男性が、アングロサクソンの連中は世界制覇を狙ってこんなことを仕掛けているのだ、と熱弁していた。しかも不思議なことに彼の母語である英語以外に、日本語も含め、各国語にそれは翻訳されていたのだ。一体誰がそのファイナンスをしたのかは、一切不明なのであった。

この「アングロサクソン・ミッション」はこう語っていたのである。――中国はいよいよ処断しなければならない。本来ならば1980年代から1990年代にそれを完遂するはずだったが、日本が裏切ったので失敗した。そこで罰として日本は世界のメイン・ステージから外すことにし、徹頭徹尾、無視することにした。そして、2000年代に入り、日本がようやく反省し、恭順の意を示し始めたのでいよいよ中国を押し殺す時がやってきた。これからあらゆる手段を用いて、中国を爆裂させる。なぜならばそれこそが「アングロサクソン・ミッション」の神髄だからだ。

そう語る不可思議な論は、ロンドンの中心街にある紳士クラブの一角で語られていたのだという。この論の代表的な人物は、老紳士たちがより集う「クラブ」に迷い込んでしまった。最初は単なる社交クラブかと思って気楽にやっていたのだが、そのうち、世界中のリーダーたちを名指ししては、「あいつはダメだ」「彼はよくやっている」「あれはもう処分していいだろう」などと言っていることに気付いたというのである。

そしていよいよ、先ほど述べた「中国問題の最終処断」という意味での「アングロサクソン・ミッション」を聞くに至ったというわけなのだ。

当時はインターネット上で、かなりはやった陰謀論であったように記憶している。今でもそう検索すると当該サイトは出てくる。日本語でしっかりと説明されている。だが、相も変わらずの過激な「未来予想図」がそこでは書かれているのである。曰いわく、「イスラエルがイランを攻撃するところから大戦争が始まる」「中国もこの戦争に巻き込まれ、やがて強烈な細菌兵器の餌食となる」「西側諸国はいずれもこの大戦争に巻き込まれ、厳しい社会統制下で人々は暮らすことを余儀なくされる」という。何ともおどろおどろしい未来予想図ではないか。

世には「恐怖シナリオ」という言葉がある。これからあることを仕掛ける時、あまりにも壮大な規模の出来事であると、人々はそれが「そうである」ことを認知しないため、動かず、結果として世の中が変わらないというわけなのだ。そのために「当たらずとも遠からず」というレベルでの言説があらかじめ、「それはそれ」と分かる者たちの間だけで静かに流布されていく。

そしていざその出来事が起きた時に、事前に伝達を受けていた人物たちが口々に騒ぐことになるというわけなのだ。――「いよいよ、アポカリプスの時がやってきた」と。

あまりにも荒唐無稽に聞こえる「アングロサクソン・ミッション」。その実やいかに。「真実の時」はもう間もなくではないか、と私には思えてならない。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。