バンコクの河のほとりで考えたこと

時代を読む-第82回 原田武夫

時代を読む-第82回 原田武夫

まち

今、このコラムをタイ・バンコクの市内を流れる河を、眺めながら書いている。世界中を駆けめぐることを仕事の一つとしている私だが、意外にもこの街を前回訪れたのは2003年、キャリアの外交官として現役であった時代のことだった。その頃の記憶をたどると、文字通り隔世の感がある。

2003年といえば、この国をまず襲い、次にアジア全域、さらには全世界を巻き込むことになった「アジア通貨経済危機」が発生した1997年から6年後である。
この通貨経済危機はタイの通貨であるバーツが突然、大暴落したことから始まった。あれからすでに20年以上の月日が経ってしまった今、このことについてすら語られることはあまりなくなってしまっている。

1990年代、中国はいまだ急激な経済発展を完遂し始めたとまでは言えない状況にあった。他方で我が国は平成バブル崩壊に悩み、いよいよ「この問題は皆が考えている以上に深刻なのではないか」と誰しもが思い始めていた頃でもあった。そしてグローバル・マネーはというと、その間隙を縫って東南アジア、とりわけこのタイという国の経済に一斉に注ぎ込まれたのだ。しかしそうしたバブル経済も束の間、今度は「通貨経済危機」というとんでもない事態が発生したのは先述の通りである。

あの時、ほぼ同時に崩壊の憂き目にあったのが韓国だ。しかし韓国は、自らの力で立ち直ることができず、ついには国際通貨基金(IMF)による管理という屈辱的な目にすらあってしまう。

これに対してタイはというと、我が国による積極的な支援もあり、助かるのである。そして今、市内を縦断する河の両側はウォーターフロント開発が見事に成功しており、20年余前にそうした危機が生じたなどということは、およそ想像もできないレベルにまで発展しているのだ。

こうした出来事を「マネーの力」と総括するのはたやすい。しかしそれだけではないとも強く思うのである。それではタイがその在り様の根本を変えることなく、存立し得たその秘密はどこにあるのだろうか。私が考えるにいくつかの決定的な理由がある。

第一に独自の文字を持つ言語があったということ。当たり前のことのように思えるかもしれないが、実は東南アジアにおいてはこの意味で数少ない存在だ。言語の壁がある以上、さしもの米欧勢も「タイ的なるもの」を完全に破壊することはできないのである。もっともこれだけでは韓国勢もハングル文字を持っており、同じではないかと言われそうだ。

より重要なのは、仏教を国民が信奉しているという点にある。仏教といえば、インドが本場であるように思われているが、しかしここまで国教になっているのは、タイをおいて他にはない。そして、そうであることには必ず理由があるわけであり、同時にこの堅い信仰心を中心に国民は一致団結しているのだ。だが、それ以上に重要なのは、仏教が担っている「本当の役割」ではないかというのが卑見である。

仏教の本質は実のところ、「色即是空」の色、すなわち実世界と空、すなわち実世界が生じるその前の状況をいかにして行き来できるのか、その原理を探り、かつそのことを体感するのみならず、それらの間を自由に行き来できるようになるべく修行を積むところにある。そして、何かが起きる前の状況を知るというわけであるから、当然のことながらそれは全人類にとって最大の課題ともいうべき「未来をあらかじめはっきりと知ること」に他ならないというわけなのだ。私が思うにタイが、そしてその王室がいろいろな困難を抱えつつも、最後はこれを乗り越えることができたのは、この意味での仏教の奥義を研究し、かつ「国体」の維持に直接役立てているからなのである。そう考えれば同じ状況に置かれている我が国の皇室が、非常に密な関係をタイ王室との間で維持してきていることもうなずけるのだ。

「存在し続けていることには理由がある」―ある意味、我が国よりも豊かな何かを感じさせるこの国に来て、そのことをあらためて強く感じている私なのである。


原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

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