土門拳

戦前戦後の厳しい時代から仏像行脚を続け、脳出血で倒れ、車椅子生活となってからも不屈の精神で撮影を続行した写真家・土門拳。仏像の手や足、衣など細部をクローズアップする独自の写真から、土門拳がその目で感じ、瞬間を捉えた仏像と日本人の魂が浮かび上がる。

Text Rie Nakajima

戦前戦後の厳しい時代から仏像行脚を続け、脳出血で倒れ、車椅子生活となってからも不屈の精神で撮影を続行した写真家・土門拳。仏像の手や足、衣など細部をクローズアップする独自の写真から、土門拳がその目で感じ、瞬間を捉えた仏像と日本人の魂が浮かび上がる。

(左上)浄瑠璃寺本堂吉祥天⽴像⾯相 昭和40(1965)年/(右上)⾶⿃寺⾦堂釈迦如来坐像⾯相詳細 昭和39(1964)年/(左下)⾅杵⽯仏群古園⼤⽇如来坐像左半⾯相 昭和37(1962)年/(右下)室⽣寺⾦堂⼗⼆神将⽴像(左から⺒神、未神、申神、⾠神) 昭和18(1943)年頃 写真提供/土門拳記念館
(左上)浄瑠璃寺本堂吉祥天⽴像⾯相 昭和40(1965)年
(右上)⾶⿃寺⾦堂釈迦如来坐像⾯相詳細 昭和39(1964)年
(左下)⾅杵⽯仏群古園⼤⽇如来坐像左半⾯相 昭和37(1962)年
(右下)室⽣寺⾦堂⼗⼆神将⽴像(左から⺒神、未神、申神、⾠神) 昭和18(1943)年頃
写真提供/土門拳記念館

脳出血で倒れてから車椅子生活となってなお、雪の室生寺の機会を狙って近くの病院に入院していた土門は、「雪が降らなくても冬の景色だけでも撮ったらどうか」という家族のすすめで入院生活を切り上げ、弟や弟子たちの助けで室生寺の撮影に入った。そして、付近の常宿で眠り、3月12日の早朝に目を覚ますと、そこには綿菓子のような遅い雪が降っていた。すわ一大事、と一行は山に入り、ポラロイドを確認する間ももどかしいほどに遮二無二撮りまくったという。春の一刷毛の雪は午前10時には消えてしまったが、土門は確かに、念願の雪の室生寺を撮った。そしてこれが、写真家・土門拳の古寺巡礼の旅の最後となる。その後10年間、病院で日々を過ごした彼は90年、静かにこの世を去った。

土門の作品は本人の言葉により、すべて故郷である山形県酒田市に寄贈されている。古寺巡礼を含む彼の作品の数々は今も同市の土門拳記念館で見ることができるが、足を運ぶ機会がなかなかない場合もあるだろう。そんな人に訪ねてほしいのが、東京都写真美術館で開催中の「土門拳の古寺巡礼」だ。その不屈の精神を感じさせる、力強い日本の美を、ぜひ目の当たりにしてもらいたい。

写真提供/土門拳記念館

土門拳 どもん・けん氏

土門拳 どもん・けん
1909年、⼭形県酒⽥市⽣まれ。35年、⽇本のグラフ・ジャーナリズムを切り開いた「⽇本⼯房」に⼊って以来、脳出血で倒れる79年までの⾜かけ45年にわたり、「報道写真家」として激動の⽇本を記録。『⽂楽』『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』『⾵貌』『古寺巡礼』など、不朽の名作を数多く残す。39年、室⽣寺を訪れた後は、戦中も全国をめぐり仏像を撮影。脳出血で倒れた影響で60年以降は35ミリカメラの操作が困難となったが、⼤型カメラで『古寺巡礼』(全5集)の撮影に取り組んだ。

土門拳の古寺巡礼

土門拳 古寺巡礼
土門拳の古寺巡礼

会期 :5月14日(日)まで
会場:東京都写真美術館 地下1階展示室(恵比寿ガーデンプレイス内)
開館時間 :10:00〜18:00
(木・金曜は20:00まで)
※入館は閉館時間の30分前まで
休館日:月曜

●東京都写真美術館
TEL 03-3280-0099
www.topmuseum.jp

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。